11月28日に仙台高専で講演させていたいだいた私の文面と、震災直後から書き始めたブログの始めのURLを記載しておきます。

2015.10.30.21:04

11/28、仙台高専さんで震災でのご縁、愛、悲しみ、感謝の話をさせていただきました。貴重な機会をいただき、ありがとうございます。学生さんのこれから人生の中でいつか一つでも有意義になっていてくれたら幸いです。

来れなかった人、講演にきたけどよくわからなかった人(^^;に講演で話した原稿を記載しておきます。
それと、
 『ここでは多くを語れませんので、震災からの行動や想いは、私のブログや「二つの震災」に書いていますので、興味があれば読んでいただければ幸いです。』


 みなさん、初めまして。雅人のとうちゃんです。
今日は、こちら仙台高専さんの皆さんの前で話をさせていただく機会をいただき、ありがとうございます。
こうやって何度かお話しさせていただいていますが、それは震災の風化を止めるためだけではありません。理由は後でお話しさせていただきます。
少しはお聞きになっているとは思いますが、私たちは家族を4人も失い、大切な息子雅人は未だ行方不明のままです。雅人は、まだ8ヶ月に満たない歳で、初めての誕生日を迎えることはできませんでした。
ここでは多くを語れませんので、震災からの行動や想いは、私のブログや「二つの震災」に書いていますので、興味があれば読んでいただければ幸いです。
私は震災から3ヶ月経ってからブログを書き始めたのですが、書き始めた訳は、あの3月11日14時46分からの行動や想いを詰め込んで、心の奥底に沈めるためでした。「沈める?」と何かですが、この心痛な思い、出来事を思い出しフラッシュバックやPTSDにならないように封印するためです。記憶から消えてしまう、忘れてしまいたくない、けれど思い出すことも怖いから、ブログに綴って心の奥底に沈めました。
震災後から取材を受けたりしていますが、毎回思い出して話すことがしんどい、辛かったので、今はブログを事前に読んでもらってから、聞きたいことを話すようにしています。

私たち夫婦は、息子を失くしてどうやって生きていこうと苦悩の毎日を過ごしていました。
そこで同じような境遇に遭われた方が、どうやって生きてきたのかを知り、どうこれから生きていけばいいのかに救いを求めるために探しましたが、当時はなかなか捜せませんでした。
いろいろ探しているうちに最初に見つけたのは、阪神淡路大震災で救援に当たった消防士や医療関係者のPTSDのケアをしている団体でした。そちらに連絡すると、宮城県で相談できるところを紹介していただき、その一つ東北福祉大学の臨床心理室に妻と共に伺いました。行くと臨床心理室の教授自らが担当してくださりました。
私は境遇を話してから、二つの自分がいてどうしたらいいのかを相談しました。一つは、悲しみの淵にいる自分。もう一つは普段の自分。ご飯を食べておいしいと思うこと、テレビを見て笑うこと。そんな自分はおかしいのではないかと聞いてみました。ただ、前の自分とあの日以来変わったことは、五感に靄、フィルターがかかっている感じですと 。教授は、こう言いました。「こんなことが起こっては仕方がないこと、二つの自分が居ていいんです。」と。「無理に一つにしようとすれば、壊れてしまうこともあるので、このままでいいですよ」と。
それを聞いて、一つ気持ちが楽になりました。
次に探したのが、人が亡くなったらどうなるのかを妻が知りたいと言ったことです。ちょうど仏事のことでネット相談していた神奈川の住職さんから、私の宗派と同じお寺の東北をまとめる機関があるので相談してみませんかと仙台別院を紹介していただきました。話を伺いに行くとボランティアセンターを開いていて、京都の本山からたくさんの僧侶が応援にきていました。
仏教にはいろんな教えがあり、考え方もそれぞれ違いますが、私の家の宗派では、この地上界は浄土に行くまでの修行の場だと、浄土は悲しも苦しみもないところで、いつかまた浄土で息子と会えると説いてくださり、そう思うことで妻も私もまた一つ気持ちが楽になりました。
 
東北福祉大学の教授、浄土真宗の僧侶、他にも子ども亡くした人の会にも助けられてきましたが、やはり同じような境遇に遭われた方が、どうやって生きてきたのかを知りたいと探しているうちにやっと見つけることができました。阪神淡路大震災で2歳半の男の子と女の子の双子の一人将君を亡くされた高井さんと言う方のHPとブログでした。
当時は阪神淡路大震災から17年経っていたのですが、そのブログには悲しみが癒えている、乗り越えているなんて微塵もなく、ショックを受けたことを今でも思い出します。少し読んでは共感し、泣き、まだ全部読めていません。それからしばらくして意を決してコメントしてみました。そうすると高井さんからの返事がきました。その中身は私たちのことをガラス細工を扱うような繊細な気遣い思いの内容でした。それからのやり取りも自分が辛かったこと言われると辛いことも先々に考えて気を使ってくださり、本当に支えになりました。妻に高井さんのことを話しましたが、最初は高井さんのブログを読むことができませんでしたが、メールでのやり取りを聞いているうちに少しずつ読み始め、妻自身で連絡を取るようになりました。すぐに妻の支えにもなっていき、今では双子の将君の妹、ゆうさんとも家族ぐるみでお世話になっています。

最初に言った、こうやって何度かお話しさせていただいている理由は、取材を受けている理由と一緒で、この世に息子雅人がいたんだと知ってほしいことと、これから起きてしまう震災などで同じ境遇になってしまった人が、私たちと同じように捜したいと思ったときに捜せるようにしてあげたいと思ったからです。助けてあげたいと言ったおこがましい考えでは決してありません。私たちの震災からの想いや考え、行動を知れるだけで、少しは気持ちが楽になるのではないかと考えてです。高井さんみたいに思いを寄り添うことなんてできませんが、最愛の息子を失くしたこととして、少しはお役になりたいと思っています。
最後になりますが、今の支えは未だ見つかっていない息子雅人を捜してくださっているSTEPのみなさんと協力してくださっているここ仙台高専の園田先生と同じく協力してくださっているJAXAの渡辺さんです。
本当にありがとうございます。


 
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